旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2018年7月22日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

猛暑に効く!?背筋が寒くなる「夏の夜の夢」 「白い砂のホテル」は心霊スポット?【連載「隠れた鉄道天国カナダ」第5回】

△プリンスエドワード島のホテル「ダルベイ・バイ・ザ・シー」の「心霊写真」とされる写真と同じような構図で筆者が撮った白黒写真。写っている人物は、確かに存在していた(筆者撮影)zoom
△プリンスエドワード島のホテル「ダルベイ・バイ・ザ・シー」の「心霊写真」とされる写真と同じような構図で筆者が撮った白黒写真。写っている人物は、確かに存在していた(筆者撮影)

 (「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第4回」からの続きです)
 猛暑が続いているので、読者の皆様に涼んでいただけるように、背筋が凍る「夏の夜の夢」をお届けしたい。そう記すと「いつの間にかテーマが(同名作品を手掛けた劇作家の)ウィリアム・シェイクスピアに変わっている…」とか、「前回まで連載してきた小説『赤毛のアン』の世界はどこへ行った?」とかと首をかしげられそうだ。ご心配なく、カナダ東部プリンスエドワード島を舞台にしたルーシー・モード・モンゴメリの小説「赤毛のアン」の名所を巡る旅は続くはずだ!?

△ダルベイ・バイ・ザ・シーの客室が並ぶ廊下。手前右の額縁内が「心霊写真」とされる写真(筆者撮影)zoom
△ダルベイ・バイ・ザ・シーの客室が並ぶ廊下。手前右の額縁内が「心霊写真」とされる写真(筆者撮影)

 ▽呪われたホテル!?
 「赤毛のアン」に登場する「ホワイト・サンド・ホテル」(日本語で「白い砂のホテル」の意味)のモデルとされるホテル「ダルベイ・バイ・ザ・シー」。セントローレンス湾を望む国立公園内にある歴史的な建造物は、石油業で財をなした実業家の故アレクサンダー・マクドナルド氏が1896年に別荘として建設した。
 ところが、マクドナルド氏の子孫が資金で行き詰まったため建物を手放し、所有者が転々とした。1932年の購入者が夏のリゾートホテルとして開業したのが、別荘がホテルへと“転身”するきっかけとなった。ロビーから重厚感があるたたずまいの階段を上がり、案内をしてくれたセールスマネージャー、カイル・マッキンノンさんが額縁に入った写真を指さした。
 「これは2階からロビーのほうを撮影した写真です。奥に怪しい人影が写っているでしょう?これは亡霊が写った心霊写真と言われているのです」。マッキンノンさんはほほ笑みながらけろっと語ったが、日本人によっては「呪われたホテル」で夜を明かすことを知って足が震えるかもしれない。カナダでは心霊現象やゾンビといったホラー話を娯楽として楽しむ向きがある。それは国境を接している米国と相通じる点だ。
 しかし、カナダと米国は大きく異なる点も多い。中には「カナダは米国の庭だ」とか、「カナダは米国の一部だ」とかと言い放つ米国人もいるが、カナダでは「米国人に最も不快感を抱く言葉だ」と眉をしかめる向きが多い。ある時、知り合いの航空会社の米国人パイロットが「カナダの人たちは日本人と同じで、本当のホスピタリティーがある。米国人が尽くすのは自分の利益になる場合や、チップを渡す場合だけだから本当のホスピタリティーではないね」と話すのを聞いて膝を打った。
 その際に私は「カナダと米国の2017年1月からの最大の違いは片方の国の政治リーダーがイケメンで若々しくて、外国にも友好的で開放的なので訪問先の外国でも広く愛される人柄なのに対し、もう片方の国のリーダーは全て真逆だという点だね」と返し、パイロットも苦々しく笑っていた。固有名詞を記すのはあえて避けたが、ヒントを出すとジャスティン・トルドー首相のことを「政治リーダー」と呼んだのは、カナダの元首はエリザベス英国女王(エリザベス2世)だからだ。あっ、言っちゃった…。

△オタワにある刑務所跡の建物。現在はユースホステルとして使われている(筆者撮影)zoom
△オタワにある刑務所跡の建物。現在はユースホステルとして使われている(筆者撮影)

 ▽エリザベス女王のメッセージ?
 エリザベス女王と言えば政治的なメッセージを発しないという英国王室の伝統を守りながらも、愛用のブローチで“サイレントメッセージ”を発したと受け止めて快哉を叫ぶ向きが出ている。英国メディアは、次のように報じている。
 カナダのジャスティン・トルドー首相とは「真逆」と指摘した、「米国第一主義」という名の保護主義を前面に出す“不動産・カジノ成り金”のドナルド・トランプ米国大統領が英国を訪問して女王と面会した7月13日。女王が着用していたヤシの葉をかたどったブローチは母親のエリザベス王妃が、夫で国王だったジョージ6世の葬儀に着用した物という。一部の英国メディアは、女王にとって面会は「葬儀に匹敵するほど気が重かったのだろう」と慮った。
 また、到着前日の7月12日、英国教会の最上位の座にあるジャスティン・ウェルビー・カンタベリー大主教と面会時に着用していたブローチは、バラク・オバマ前米国大統領夫妻から贈られた物だった。オバマ夫妻は米国の首都ワシントンの宝飾店で自ら選び、2011年に国賓として英国を訪問した際に個人的に贈ったという心がこもった逸品だ。
 なお、トランプ氏は国賓としての訪問ではない。それでも大勢の英国民は国賓ではないのはおろか、歓迎もしていないのを明確に発信するために首都ロンドンに集結した。英国議会周辺では牢屋に収監されたトランプ人形が置かれ、短文投稿サイト「ツイッター」をおもちゃにして遊ぶためのスマートフォンを握った長さ約5・8メートルの巨大風船「トランプ赤ちゃん」が上空を舞って世界中から注目を浴びた。

△オタワの刑務所跡の独房が並んだ廊下。一番左が案内人のインクセッターさん(筆者撮影)zoom
△オタワの刑務所跡の独房が並んだ廊下。一番左が案内人のインクセッターさん(筆者撮影)

 ▽女王もトルドー首相を支持?
 トランプ氏は、カナダでも一悶着起こしたばかりだ。鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課す輸入制限を今年3月に発動し、6月までにG7に入っている6カ国全てを対象にした裏腹に、カナダ東部シャルルボワで6月8、9両日に先進7カ国(G7)でG7各国間の貿易で関税を全てゼロにすることを突然ぶち上げた。他の6カ国に主張をのませ、6月9日に採択された首脳宣言には「関税の引き下げに努力する」という一文が盛り込まれた。
 そんな傲岸不遜な要求を突きつけながら、サミットを途中退席したトランプ氏。自らの横暴さを棚に上げ、議長国であるカナダのトルドー首相が6月9日の記者会見で同盟国なのに輸入制限を適用されたのは「受け入れがたい」「侮辱的だ」と批判すると激高した。トランプ氏はツイッターへの書き込みでトルドー氏のことを「不誠実で弱虫だ」と人格攻撃し、首脳宣言を「承認しない」と訴えてちゃぶ台をひっくり返した。
 G7の他の構成国がトルドー氏を支持する声明を相次いで出し、米国が孤立する「G6プラス1」になったと揶揄されているのは周知の通りだ。エリザベス女王も「トルドー氏支持の姿勢を暗黙のうちに発信したのではないか」と推察されているのは、トランプ氏の面会翌日の7月14日にベルギーのフィリップ国王、マチルダ王妃と面会したエリザベス女王が着けていたのはカナダからの贈り物だったからだ。
 トランプ氏との面会時には母親が葬儀の際に着用したブローチを選び、前後の日にはトランプ氏が口汚くののしる相手からの贈り物を身に着けたことに政治的意図があったのかは定かではない。ただ、世界最大の経済国、軍事国に君臨しているのが「態度と発言、思想の全てが常軌を逸している」(ある米国民)というのは背筋が寒くなる事態で、「夏の夜の夢」もしくは「悪夢」と呼ばざるを得ない。

△独房の中に入った筆者。前科はなく、牢屋の中に入ったのはこれが初めてですが、幼稚園児の時は素行が悪いと入れられる通称「三角部屋」の常連でした(苦笑)zoom
△独房の中に入った筆者。前科はなく、牢屋の中に入ったのはこれが初めてですが、幼稚園児の時は素行が悪いと入れられる通称「三角部屋」の常連でした(苦笑)

 ▽オタワの「呪われた」刑務所跡
 米国大統領として初の被爆地・広島への訪問により日本で感動を呼んだオバマ氏は、カナダでも根強い人気を誇る。「現在の米国大統領とは異なり、それまでの歴代大統領と同じように最初に外国訪問をしたのがカナダだった」(カナダ国民)のが一因という。就任直後の2009年2月に訪れた首都オタワの中心部にあるケーキ店「ル・ムーラン・ドゥ・プロバンス」では、オバマ氏が土産に購入した「CANADA」の白文字が入った赤いメープルの葉を模した形のクッキーが「オバマクッキー」の名前で売られている。
 店が立地するのは1826年創設とカナダで最古の公設市場の一つの「バイワード・マーケット」で、店先には「私はこの国を愛している」という言葉とともに笑みをたたえたオバマ氏の写真だ。この店から5分ほど歩くと、所々崩れた壁にツタが生い茂り、まるで廃墟のような9階建てのビルが残されている。このビルは1862年に建てられた刑務所で、1972年まで使われた後にユースホステルに“転身”した。宿泊客が夜を明かす客室は黒い鉄格子の奥にある牢屋の跡で、過去の怨念が染みついているかもしれない空間での「恐怖の一夜」を求めて観光客が集まってくるという。
 「以前、ある宿泊客がチェックアウトする際にフロントで『心霊現象を見たかったのに、何も起きなかったではないか。宿泊費を返してくれ』と抗議したのです。ユースホステル側は心霊現象が起こることを保証しているわけではないので、『それはできない』と押し返してもめていました。すると机上のコインが突然、自然と浮き上がり、まもなく落下したのです。ユースホステルは宿泊料を返金せずにすみました」。
 オタワを訪れた昨年8月、その名も「ザ・ホーンテッド・ウオーク」(日本語で「呪われた散歩」の意味)という企業のツアーで建物に案内された私たち18人の参加者にガイドのハーミッシュ・インクセッターさん(29歳)は淡々と説明した。ツアーは1999年に始まっており、ほぼ20年間も続いてきたロングラン商品として定着している。
 いかにもまじめな好青年という雰囲気のインクセッターさんだが、黒装束を身にまとってランプを持つとミステリアスに見えてくるから不思議だ。この刑務所が呪われるようになった理由の一つは、「えん罪と推定される事件で処刑された男性の怨恨があると言われている」と教えてくれた。この男性は殺人事件の容疑者として逮捕されて起訴され、裁判で虚偽と思われる証言に振り回されて死刑判決を受けた。男性は無実を訴え続けたものの、オタワの刑務所で絞首刑にされたという。
 私を含めた参加者は8階まで階段を上がると、白いペンキで塗られた4平方㍍程度の狭い独房を見学した。鉄格子の扉の向こうに立って記念撮影をするなど結構リラックスしていたが、インクセッターさんがこう話すと一行は言葉を失った。「ここも以前はユースホステルの客室として使われていましたが、ある宿泊客が夜中に人けのない場所から聞こえる叫び声にうなされてから使わなくなったと聞いています」
 インクセッターさんが重い扉を開け、こう説明すると一段と重苦しい雰囲気に包まれた。「ここからは心霊現象が特に多く目撃されている独房が並んでいる廊下です。独房には階下の処刑場で絞首刑になる日を控えた死刑囚が収監されていました」

△死刑囚が収監されていた独房を撮影した写真。鏡に写ったインクセッターさんの手前に見覚えのない後頭部のようなものが…zoom
△死刑囚が収監されていた独房を撮影した写真。鏡に写ったインクセッターさんの手前に見覚えのない後頭部のようなものが…

 ▽意図せず“収監”されたツアー参加者
 私は霊感がそれほど強いほうではないと思っているが、明らかに異変を感じ取る場合がある。死刑囚が収監されていた独房が並んだ廊下もそうで、歩を進めようとしてもどこか足取りが重くなるのだ。インクセッターさんに「このあたりは何か異なる空気を感じます」と打ち明けると、「その通りだと思います。先日は霊気が強いという女性が『気分が悪くなったので出たい』と言って先に出て行かれました。女性はこの離れると、正常に戻っていました」という逸話を教えられた。
 さらにインクセッターさんは、閉ざされた独房の鉄格子の扉を指さしながら続けた。「この扉は以前開閉できたのですが、今は閉鎖されています。というのも、ツアー参加者の方が中に入ったら扉が自然と突然閉まり、意図せず中に“収監”されてしまったのです。鍵を持ってきて必死に開けようとしたもののなかなか開かず、救出するのに40分ほどかかってしまいました」
 しかも私がデジタルカメラで独房内を撮影すると、独房の奥に写ったインクセッターさんの手前に頭が薄い男性の後頭部が写っているように見える。周りが暗かったため撮影時にシャッター速度が遅かったため、もしかするとインクセッターさんが掲げていたランプが奇妙な写り方をしただけかもしれないが、読者の皆さんはどう思われるだろうか?
 刑務所から“転身”してユースホステルとなったオタワの建物と、場所が変わって別荘から“転身”して老舗ホテルとなったプリンスエドワード島のダルベイ・バイ・ザ・シー。季節によって変動はあるものの、1泊の宿泊料はダルベイ・バイ・ザ・シーが日本円で3万円程度と、4千円程度で泊まれるオタワのユースホステルの7倍強に達する。豊かな自然が窓外に広がる落ち着いた雰囲気の客室にはテレビも電話もなく、都会人ならば日頃の喧噪を忘れてくつろげそうだ。持ち込んだ携帯電話が仕事の用事で鳴らない限り、ではあるが。
 ただ、高級感があるしつらえで、ブランドイメージを重んじそうなダルベイ・バイ・ザ・シーが、オタワのユースホステルの“お株”を奪わんとばかりにわざわざ「心霊写真」と言われる1枚を廊下に掲げて誇示しているのは興味深い。想像の産物とはいえ、心霊スポットといえば小説「赤毛のアン」で主人公のアン・シャーリーが養父のマシュー・カスバート、マシューの妹のマリラ・カスバートが暮らした住居「グリーン・ゲイブルズ・ハウス」の近くに「お化けの森」がある。私は意を決して、プリンスアドワード島の主要な目的地の一つである「赤毛のアン」の名所中の名所、グリーン・ゲイブルズ・ハウスへ向かうことにした。
(「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第6回」に続く)
(連載コラム(「“鉄分”サプリの旅」)の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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