ジャズのトーンで
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写真▶MJQ”CONCERT IN JAPAN”アルバムジャケット(マックロマンス私物)より
東京でお店のようなことをやっていると、ちょくちょく有名人がやってきます。自由が丘、田園調布はもともと文化人、芸能人が多く住んでいるんですよ。ま、僕の有名人感はマイケルジャクソン、マドンナあたりの時代で止まっていて、最近の人なんかは誰が誰だかさっぱりわからないんですけどね。でも大抵は本人の態度で、あ、その手の人なんだって気がつきます。オーラと言えばそうなのかな。
ある夜、ジャズのミュージシャンがふらっと店に入ってきたことがあります。その当時、僕はジャズにあまり興味がなく、彼が誰だか知りませんでした。お付きの人がこっそり「MJQのベースの人です。」と耳打ちしてくれたのをおぼえていて、後で調べてみたらモダンジャズカルテット。ということは彼はパーシーヒース!そう言えばお隣に座った女性が彼のことを「パーシー、パーシー」と呼んでいたような気がします。
さらっと調べてみたんですけど、90年代前半にパーシーヒースが東京にいたという情報は見つかりませんでした。93年にモダンジャズカルテット名義で最後のレコーディングが行なわれているようですから、少なくとも現役で活動はしていたようです。青山のブルーノート東京で演奏して、その後ウチに飲みに来たと言ってましたので、その辺の記録を調べればちゃんとしたことがわかるかと思います。
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レコードショップ in USA Photo by Yoko Iwabuchi
いずれにしてもその男がジャズ界の大物だってことはすぐにわかりました。彼がドアを開けて足を踏み入れた瞬間に、店内の温度、湿度、匂い、何から何まで、さあーっとジャズ色に塗り替えられていくんだわ。あれほど強烈な存在感を醸した来客は後にも先にも知りません。
カウンターの真ん中に席を取ったパーシーヒース(と思われる人物)は何を注文したと思います?シャンパン。うーん、△。確かに彼はシャンパンをオーダーしました。でも、その前に彼が発した言葉があるんだ。うむ。出し惜しみしてもしょうがないですね。そのセリフは「スープをくれ。」でした。言い方がかっこいいんだ。まるでこれから演奏する曲のタイトルを紹介するみたいに。ジャズのトーンで。
その夜のパーシーさん(と思われる人物、しつこいですけど)はご機嫌でけっこう長い時間をお店で過ごしてくれました。カウンターごしにいろんな話を聞かせてもらったんですけど、その「スープをくれ。」ってセリフのインパクトが強くてね。他のことはほとんど何もおぼえてません。あ、ソニーロリンズのこととか話してたかなあ。
そして、残念なことに僕の店にスープの用意はなかったのです。パーシーさんはスープにありつけませんでした。で、今ごろになって、ふと、あの時に彼が飲みたかったスープはどんなものだったのだろうと。そもそもバーでスープを飲むという話はあまり聞いたことがありませんし、ジャズクラブでスープというのもあまりしっくりこない。パーシーヒースはペンシルベニアで育っているので、同州の郷土料理などを調べてみたんだけど、いまひとつピンと来ません。
そんな風にしてペンシルベニア州とスープに思いを巡らせていると、何だか心がざわざわします。どこか遠くで誰かが僕のことを呼んでいるような気がするの。目を閉じてその小さな声をたぐりよせます。瞼の裏に浮かんだ絵は、、ずらりと並んだ赤いトマトスープ缶。むむ?キャ、キャンベル?
キャンベルスープ。世界で最も有名なスープと言っても過言ではないでしょう。そしてその立役者が、ご存知、キングオブポップアート=アンディーウォーホル。出身は、、ほらね。ペンシルベニア。パーシーヒースとアンディーウォーホルの年の差は5歳。同じ土地で育ったふたりの大物アーティストが「スープ」というキーワードでつながりました。ふうむ。さて、そうなってくるとキャンベルスープのことについても詳しく知りたくなります。えーと、キャンベルの発祥地は、、惜しい。ニュージャージー州。ペンシルベニアはお隣です。
パーシーヒースが飲みたかったのがキャンベルのトマトスープだったとはとても思えませんが、まあ、ジャズとスープでここまで話が盛り上がったら、行ってしまうしかないですね。ペンシルベニア、パーシーヒースが育ち、アンディーウォーホルが生まれた土地。ジャズとスープとポップアートのつながりが発見できるかも知れません。こういうのはね、本当に現地に足を運んでみないとわからないんだ。
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photo by YOKO IWABUCHI
あっちに着いたらまずはバーに行ってね、言ってやるんだ。
「スープをくれ。」
ジャズのトーンでね。