トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2014年3月24日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

旅の芸術家

サム・ブラウン ダダティークにてzoom
サム・ブラウン ダダティークにて
数年前、人の髪の毛を集めているアメリカ人の青年と出会いました。サム君。すらっとした長身に金髪をなびかせたハンサム青年です。

あちこちの美容室を回って髪の毛をもらってくるんだそうです。これがなかなか思うようにうまくいかない。そりゃそうだ。知らない外国人がやってきて、いきなり「髪の毛をくれ。」ですから。気味が悪いったらありゃしない。


苦労して集めた髪の毛をサム君は一体どうしようって言うのでしょう。実はコツコツと作品を作っていました。そう、彼はアーティスト、それも拠点を持たずに世界中を旅して回りながら活動を続ける旅の芸術家でした。今だと「ノマド・アーティスト」とかに分類されちゃうのかな。髪の毛アートに特化して活動しているわけではなく、訪れた先によって作る物も表現方法も異なるようです。サム君の過去の作品を写真で見せてもらったけど、一軒家まるごと利用したインスタレーションとか興味深いものがたくさんありました。東京では何故か髪の毛に反応したんだね。日本人特有の美しい髪が彼のセンサーを刺激したのかも知れません。
僕がサム君と出会った時、彼は困っていました。作品はけっこうな数になったのだけど、それを展示できる場所がないのだと。もともと経済的に余裕のある旅人ではないから、お金を払ってギャラリーをレンタルするのは難しい。何たって人毛を使った作品を喜んで展示させてくれるスペースがありません。で、ちょうどその頃、僕は「たまたま」期間限定のギャラリーカフェみたいな店を営んでいたんだな。するすると話が進んで、結局僕の店で展示会を開催することになりました。レンタル代はいらないから、お客をたくさん集めてくれ。と言うのが僕が彼に提示した条件でした。
そのようにしてスタートしたこの奇妙なアート作品展示会。いやあ、まいったね。それは僕が予想していたよりもずっとクレイジーな内容でした。とにかく室内髪の毛だらけ。髪の毛で描かれた人の顔、丸刈りにされた上に新しく髪の毛を植え込まれたマネキン、圧巻は天井に吊るされたヘアドライヤーから大量の髪の毛が噴き出しているというインスタレーション。天井を這う人毛の竜巻が窓の外までつながっています。もし保健所の職員に見つかっていたら一発で営業停止を命じられたことでしょう。
日本での活動を終えた後、彼は大陸へ渡りアジア各国を探訪の末、母国アメリカに戻ったそうです。本国での彼の活動内容は?それが何とスターバックスコーヒーでアルバイト。

アメリカ人がスタバでバイト。この自虐的とも思える行為が果たしてアートなのか、単に生活のためだったのか、あるいは実はスターバックスがすごく好きで働いてみたいと前から思っていたのか、僕にはよくわからないのですけど、まあ、アーティストの頭の中なんかね、他人がとやかく考えても理解できるものではないですね。そう言えば、個展の最中に、彼がマクドナルドのハンバーガーを買ってきてむしゃむしゃ食べてたことがあって、何だか妙な気分になったのを憶えています。ああ、アメリカ人は本当にハンバーガーをこうやって食べるんだなあ。ってね。カメレオンがハエを食べるところを見てるような。僕らが寿司を食べてるところを外国人が見ると、そういう気持ちになるのかも知れません。

旅行の限られた時間の中で、何もかも全てを体験することは不可能です。もちろん事前に情報を調べておくことも必要でしょうが、旅先で最も重要なのは、自分が本当に必要としている人や土地や情報に「偶然出会える能力」を持っていることだと僕は思っています。サム君みたいにね。見知らぬ国で作品展を開催したいと思った貧乏アーティストが「たまたま」無料でスペースを貸してくれるギャラリーのオーナーと出会えるって、なかなかすごいことですよ。
photo by Yoko Iwabuchizoom
photo by Yoko Iwabuchi
旅慣れたみなさんの中には、旅先でそのような素晴らしい偶然の出会いを経験した方も多いんじゃないかしら?旅先ではセンサーが普段よりずっと敏感になるからね。難しいことは何もありません。

どこに行きたい?何が見たい?どんなものが食べたい?誰に会いたい?さ、ガイドブックを捨てて通りに出て思うままに歩いてみよう!
そうそう、最近、サム君からメールが届きました。今はエクアドルの首都、キトにいるそうです。現地で出会ったアーティストとプロジェクトを組んで、新しい作品の制作に取りかかったようですね。「ちょっと手伝ってよ。」というわけで、メールで情報いろいろやりとりしながら、彼のクリエーションのお手伝いをしています。本当はメールじゃなくて現地に行きたいところなんだけど。うん。行っちゃおうか。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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