旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年6月14日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

花形SL、実は元「幽霊」!? 旧型鉄道車両並ぶ米国博物館【上】

△ゲイザースバーグ駅前の蒸気機関車(SL)14号機(2022年6月、米国メリーランド州で筆者撮影)zoom
△ゲイザースバーグ駅前の蒸気機関車(SL)14号機(2022年6月、米国メリーランド州で筆者撮影)

 往年の活躍ぶりをうかがわせる駅前の華やかな蒸気機関車(SL)が、かつては「幽霊」という不名誉な称号を与えられていたことに目を丸くした。今はすっかり花形なのに。アメリカ(米国)首都ワシントンとメリーランド州を結ぶ同州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」のブランズウィック線のゲイザースバーグ(同州)の駅前は謎に満ちていた。

△SL14号機の銘板には「1919年11月」とあり、先頭部に記された「1918年」と食い違う(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)zoom
△SL14号機の銘板には「1919年11月」とあり、先頭部に記された「1918年」と食い違う(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)

 ▽“新たな道”をたどった駅舎
 閑静な住宅地にあるゲイザースバーグ駅は、ワシントンの玄関口ユニオン駅からMARCの列車に35分程度乗れば着く。全米鉄道旅客公社(アムトラック)のワシントンと米国中西部シカゴを結ぶ夜行列車「キャピトルリミテッド」は通過するが、赤れんがで外壁を覆った貨物用と旅客用の旧駅舎が並ぶ様子は過去の栄光を忍ばせるのに十分だ。うち旧貨物用駅舎はゲイザースバーグの歴史を伝える博物館、旧旅客用駅舎は喫茶店としてそれぞれ“新たな道”をたどっている。

△メリーランド州ゲイザースバーグを通過するアムトラックの夜行列車「キャピトルリミテッド」(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)zoom
△メリーランド州ゲイザースバーグを通過するアムトラックの夜行列車「キャピトルリミテッド」(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)

 ▽戦中、それとも戦後世代!?
 屋外には鉄道車両が展示されており、鉄道が往来して栄えた街なのを伝えている。ひときわ目を引くのが黒い車体で先頭部だけ黒く縫ったSLで、旧アメリカン・ロコモーティブの製造と記されている。ところが最前部にある「14号機」のプレートには「1918年」と記し、両側面にある銘板には「1919年11月」と書かれている。
 1918年製造ならばこの時に幕を閉じた第1次世界大戦の「戦中世代」の可能性がある一方、19年ならば「戦後世代」となる。一体、どちらなのか!?

△今は博物館となっているゲイザースバーグ駅の旧貨物用駅舎(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)zoom
△今は博物館となっているゲイザースバーグ駅の旧貨物用駅舎(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)

 ▽D51と同じ4軸動輪
 関連資料によると、SL14号機は米国東部ウエストバージニア州にかつて存在した石炭輸送の旧ケリーズ・クリーク・アンド・ノースウエスタン鉄道が入れ替え用の機関車として導入。日本の「デコイチ」ことD51と同じく4軸動輪を持つ。ただし、D51が走れる線路の幅は旧日本国有鉄道(現JR)の狭軌の1067ミリなのに対し、こちらは新幹線と同じ標準軌の1435ミリだ。

△ゲイザースバーグを通るCSXトランスポテーションの貨物列車(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)zoom
△ゲイザースバーグを通るCSXトランスポテーションの貨物列車(22年6月、メリーランド州で筆者撮影)

 ▽別の石炭輸送鉄道に転籍
 SL14号機は50年、ウエストバージニア州にあった長さ約29キロの旧バッファロー・クリーク・アンド・ゴーリー鉄道(BC&G)へ売却された。鉱山から石炭を運び出し、同州ダンドンで旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道(現CSXトランスポテーション)の貨物列車に引き渡していた。
 ゲイザースバーグ駅を通る路線はMARCやアムトラックの旅客列車が走っているが、線路を保有しているのはCSXで多くの貨物列車を運行している。

△JR東日本のSL「D51」がけん引する列車(12年5月、前橋市で筆者撮影)zoom
△JR東日本のSL「D51」がけん引する列車(12年5月、前橋市で筆者撮影)

 ▽「幽霊」と呼ばれた理由
 石炭を載せた貨車をけん引し、CSXの貨物列車にバトンリレーのように引き継いでいたSL14号機。米国のエネルギーを下支えする大車輪の活躍をしていたにもかかわらず、「幽霊」と呼ばれてしまったのはなぜか。
 事情通は「事故で大破し、原形をとどめない姿で車両基地の片隅に放置されていた様子が幽霊のようだったからだ」と打ち明ける。1956年9月にSL14号機は運行中に他の列車に衝突する事故を起こして「ボイラーが爆発しなかったのも、ぶつかる前に乗員は飛び降りて大けがを負った人がいなかったのも不思議なくらい大きく損傷した」と指摘する。
 だが、その後修復されて「1965年に幕を閉じたBC&GのSLで唯一、当時の姿で残っているのが14号機だ」という。ゲイザースバーグ駅前でおそらく一番の“人気者”という“新たな道”を歩んだことになる。だが、その傍らにはいぶし銀の魅力を放つ別の車両も控えていた…。
 (「いぶし銀の米国製ディーゼル車両、キハ40とどっちがいい? 旧型鉄道車両並ぶ米国博物館【下】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
risvel facebook