旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年7月5日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

いぶし銀の米国製ディーゼル車両、キハ40とどっちがいい? 旧型鉄道車両並ぶ米国博物館【下】

△米国メリーランド州のゲイザースバーグ駅前に展示された「RDC」(2022年6月、筆者撮影)zoom
△米国メリーランド州のゲイザースバーグ駅前に展示された「RDC」(2022年6月、筆者撮影)

 (「花形SL、実は元「幽霊」!? 旧型鉄道車両並ぶ米国博物館【上】」からの続きです)
 アメリカ(米国)首都ワシントン近郊のゲイザースバーグ(メリーランド州)の駅前で、かつて「幽霊」と呼ばれていた展示中の蒸気機関車(SL)の背後でまぶしい光沢を放っていた。といっても、「背後霊」ではない。かつて米国などで広く活躍していたステンレス製ディーゼル車両が日光を浴びて輝き、いぶし銀の魅力を放っていた―。

△東急多摩川線などで18年まで走っていた7700系。初代7000系を改造している(12年9月、東京都大田区で筆者撮影)zoom
△東急多摩川線などで18年まで走っていた7700系。初代7000系を改造している(12年9月、東京都大田区で筆者撮影)

 ▽日本初オールステンレス車両の先輩
 このディーゼル車両は、米国の金属加工メーカー、バッドが製造した「バッド・レール・ディーゼル・カー(RDC)」だ。1962年に登場した東京急行電鉄(現東急電鉄)の日本初のオールステンレス車両の初代7000系が開発された際、製造した旧東急車両製造(現総合車両製作所、横浜市)が技術供与を受けたのがバッドだ。
 つまりRDCは7000系の先輩に当たる。RDCは第2次世界大戦の4年後の49年に製造が始まり、ステンレスを活用することで長く使える耐久性と車体重量の軽量化を両立させた画期的な車両だった。

△旧茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)が走らせていたケハ600形を用いた「ギラリー601」(12年8月、茨城県ひたちなか市で筆者撮影)zoom
△旧茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)が走らせていたケハ600形を用いた「ギラリー601」(12年8月、茨城県ひたちなか市で筆者撮影)

 ▽ケハ600形を想起
 展示されているRDCは、かつて旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道(B&O、現CSXトランスポテーション)で活躍していた旅客用車両だ。先頭と後部の両方に運転士が乗務できる両運転台車両のため1両だけで運用できるのが利点で「バッドが旅客列車の運行コストを抑えるために開発した車両なのを生かし、B&Oは首都ワシントンとマーティンスブルグ(ウエストバージニア州)、ワシントンとボルティモア(メリーランド州)などの区間で走らせていた」(地元事情に詳しいメリーランド州在住の男性)という。
 この車両の和製版は、旧茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)湊線でかつて走っていたケハ600形であろう。新潟鉄工所(現新潟トランシス)が60年に製造した日本初のステンレス製ディーゼル車両だ。「ケハ」というのは耳慣れない車種だが、「ケ」は燃料の軽油の頭文字で、「ハ」は普通車の意味。旧日本国有鉄道が製造したディーゼル車両に付けた「キハ」(「キ」はディーゼルエンジンを搭載した気動車の頭文字)と同義だ。

△山口県内のJR西日本岩徳線を走る「キハ40」(19年9月、筆者撮影)zoom
△山口県内のJR西日本岩徳線を走る「キハ40」(19年9月、筆者撮影)

 ▽RDCは11年前に登場
 ただ、ケハ600形は車体外板だけにステンレス鋼を使っており、内部の構体は普通鋼を用いた「セミステンレス車両」だ。このため外板は腐食しにくいものの、構体の普通鋼は経年劣化しやすいのが欠点だった。92年に廃車となり、現在は那珂湊駅(茨城県ひたちなか市)の近くに置かれて市民団体「おらが湊鉄道応援団」が「ギラリー601」と名付けた情報発信拠点として活用している。
 ケハ600形が画期的な車両だったのは論をまたないが、その11年前にステンレス製車両RDCを世に出していた当時の米国の技術力がいかに高かったかをうかがわせる。しかし、現在は通勤型車両を製造できる米国に本拠を置く鉄道車両メーカーはもはや存在しない。ワシントン首都圏交通局やニューヨーク市交通局のそれぞれの地下鉄は川崎重工業や欧州メーカーが中心だ。

△ゲイザースバーグ駅前に展示されたカブース(22年6月、筆者撮影)zoom
△ゲイザースバーグ駅前に展示されたカブース(22年6月、筆者撮影)

 ▽キハ40のほうが良い?
 そんな背景を念頭に置き、「米国はかつて素晴らしい鉄道車両を造っていたねえ」と同行した米国人の友人に言った。すると友人は「そうでもないさ。以前この車内に入ったことがあるが、あまりにも狭くて息苦しかったんだ」と吐き捨てるように話し、「(国鉄時代の77~82年に量産された)キハ40のほうが俺は良いと思うけれどもな」と訴えた。
 私は「本当か!?」と即座に聞き返した。キハ40が良いというのは全く同感だが、居住性がRDCより優れているかどうかは疑わしかったからだ。RDCは線路幅が標準軌の1435ミリの路線向けで、狭軌の1067ミリの旧国鉄およびJRの在来線向けのキハ40より車体が大きいとは考えられないからだ。
 鉄道関連サイトで調べたところ、RDCは全長約25・9メートル、全幅約3・1メートルよ、キハ40は全長約21・3メートル、全幅約2・9メートルとだいぶ大きい。しかし、友人は「乗れば分かる。車内に入ると狭い感じだ」と譲らない。車内には転換クロスシートが並んでいるそうだが、この日は残念ながら扉を施錠しており中に入れなかった。

△カブースの車内。左の壁に付いているのが三菱電機のエアコン(6月、筆者撮影)zoom
△カブースの車内。左の壁に付いているのが三菱電機のエアコン(6月、筆者撮影)

 ▽快適な冷房の発生源は…
 ただ、レンガで外壁を覆った旧貨物用駅舎を転用した郷土史を伝える博物館の扉を開いた。すると、受付に座っていたナターシャさんという女性が「いらっしゃい。この来場者名簿に名前を書いてもらえれば無料で好きなだけ見学してもらえます」と教えてくれた。ゲイザースバーグのかつての銀行窓口や商店の様子などを再現した展示を眺めた後、博物館の前に展示された赤いカブース(車掌車)に足を踏み入れた。
 気温が30度を超える快晴の日だっただけに、車内の隅々まで届いたエアコンの冷気が実に心地よい。思わず冷気が来ている場所へと近づくと、日本の家で長年愛用していた機種と似た三菱電機のエアコンが壁面に取り付けられていた。
 まだ車内に足を踏み入れていないRDCと、キハ40のどちらが優れているかの優劣は現時点で付けられていない。だが、日本メーカーのエアコンの効き目が、米国の家で使っている現地製エアコンに勝っているのは間違いなかった。
 (「旧型鉄道車両並ぶ米国博物館」完、連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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