旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2018年6月20日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「赤毛のアン」が乗った汽車 プリンスエドワード島で廃線跡巡り【連載「隠れた鉄道天国カナダ」第2回】

△プリンスエドワード鉄道の線路跡に展示されているCNのディーゼル機関車(筆者撮影)zoom
△プリンスエドワード鉄道の線路跡に展示されているCNのディーゼル機関車(筆者撮影)

 (「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第1回」からの続きです)
 「君が、鉄道がなくなってしまった島へ向かうのかい!?」。6月2日に就航したエア・カナダの成田空港発カナダ東部モントリオール行き初便で約12時間後にカナダ東部のモントリオール国際空港に到着すると、私の行き先を知った同じ鉄道趣味のアメリカ人が驚いている会員制交流サイト(SNS)の書き込みを見つけた。行き先は今年で出版から110周年のルーシー・モード・モンゴメリの小説「赤毛のアン」に舞台として登場するカナダ東部プリンスエドワード島であり、物語の主人公が汽車に乗った鉄道が廃止されてしまったのは事実だ。しかし、鉄道の面影が残る廃線跡には、鉄道好きを引きつける“特権”がある。

△まるで絵はがきのようなプリンスエドワード島の風景(筆者撮影)zoom
△まるで絵はがきのようなプリンスエドワード島の風景(筆者撮影)

 ▽愛媛県と同じ広さに、1割の人口
 モントリオール国際空港に約4時間20分滞在し、乗り継いだエア・カナダルージュで約1時間20分飛ぶとプリンスエドワード島のシャーロットタウン空港に着いた。到着したのは現地時間の午後11時15分ごろ。エア・カナダで羽田空港を出発し、カナダ最大都市トロントで乗り継いだ場合はシャーロットタウン到着が翌日の午前0時48分なので、同じ日のうちにたどり着くモントリオール経由の利点を実感する。
 プリンスエドワード島は面積が約5660平方キロと日本では愛媛県と同じくらいだが、昨年7月時点の推計人口が約15万2千人と愛媛県(今年5月時点で推計135万5240人)の1割強にとどまる。
 日本に比べて地方分権が進んでいるカナダは、構成する州と準州が強い権限を握っている。プリンスエドワード島は「プリンスエドワード島州」という独立した州になっており、人口は州別で圧倒的に少ない。トロントを抱えるカナダ最大の州、オンタリオ州の約1419万3千人のわずか1%だ。

△2人のグレイ像の前に立つジョルジュ・エティエンヌ・カルティエに扮した男性(左)と筆者zoom
△2人のグレイ像の前に立つジョルジュ・エティエンヌ・カルティエに扮した男性(左)と筆者

 ▽カナダ連邦「結成の地」
 規模こそ小さくても、プリンスエドワード島の住民は「われわれはカナダ連邦の『結成の地』なのです」と誇りを抱く。というのも、2017年に建国150周年を迎えたカナダ連邦が誕生した1867年7月の約3年前、国家樹立について協議した最初の建国会議の舞台がプリンスエドワード島だからだ。その自負心を映し出すのが島内の様々なインフラに付けられた「コンフェデレーション(連邦結成)」の名称で、カナダ本土(ニューブランズウィック州)と結ぶ唯一の橋は「コンフェデレーション橋」と名付けられている。
 1864年9月に当時の英国領で、カナダ東部に位置するプリンスエドワード島、オンタリオ、ケベック、ニューブランズウィック、ノバスコシア各州の代表者が集まり、新たな国家の建国会議が開かれたのがプリンスエドワード島の最大都市シャーロットタウンだった。建国会議は主に州議事堂で開かれ、カナダの初代首相となったオンタリオ州のジョン・A・マクドナルドや、ケベック州のジョルジュ・エティエンヌ・カルティエらが出席し、地元プリンスエドワード島からも5人が参加した。
 州議事堂は4700万カナダドル(約39億円)もの予算を投じて大規模改装中のため、2021年まで一般公開はお預け。だが、隣接する施設「コンフェデレーションセンター」の内部には建国会議の会場を再現したコーナーがあり、卓上に並べられた名札を眺めて「氏名を呼ばれて2人が同時に答えたり、発言を求める際に苦笑が漏れたりと紛らわしい場面があったに違いない」と思いをはせた。それは奇遇なことに、プリンスエドワード島州、ニューブランズウィック州からそれぞれ出席していた同姓同名のジョン・ハミルトン・グレイが同席していたという史実だ。
 この紛らわしい経緯を逆手に取って笑いを誘おうとする意図が透けて見えるのが、州議事堂から延びるグレート・ジョージ通りにある2人のジョン・ハミルトン・グレイが並んだ銅像だ。どちらも面長でひげを蓄えているように似た風貌で、個人の特色をよく把握していなければ見分けるのは困難だ。

△現在はオフィスが入居する旧シャーロットタウン駅舎(筆者撮影)zoom
△現在はオフィスが入居する旧シャーロットタウン駅舎(筆者撮影)

 ▽鉄道建設は“計画倒産”だった
 輪を掛けるようにややこしい事実を、シャーロットタウンを案内してくれたジョルジュ・エティエンヌ・カルティエに扮したボランティアガイドの男性が教えてくれた。「プリンスエドワード島州は最初の建国会議が開かれながら、当時はカナダ連邦への参加には消極的で、建国当初は加わらなかったのです」
 しかし、カナダ誕生から6年が経過した1873年7月にプリンスエドワード島も加わった。その理由は「カナダ政府がけしかけた無謀な鉄道建設によってプリンスエドワード州の財政が悪化し、破綻寸前になったため」という“計画倒産”だったのだ。そのことは、カナダ政府が送り込んだ代表者が政府に宛てた「プリンスエドワード州の(鉄道建設)計画は悪化の一途をたどっています。それはわれわれの計画通りです」という書簡が残っていることが裏付けているという。
 プリンスエドワード州を連邦内に取り込むことを虎視眈々と狙っていたカナダ政府は鉄道建設を持ちかけ、プリンスエドワード州がそれに乗った。ところが、線路1キロ当たりの建設費を支給したのを悪用し、工事業者は建設費を上積みしようと曲がりくねり、遠回りとなる線路を敷いた。

△旧ケンジントン駅近くには鉄道の沿革を伝える写真入りの説明文も(筆者撮影)zoom
△旧ケンジントン駅近くには鉄道の沿革を伝える写真入りの説明文も(筆者撮影)

 ▽「金食い虫」の鉄道
 鉄道は全長192キロの計画だったのが236キロに膨れあがり、1・6キロ当たり二つのカーブがあるという湾曲した路線になった。現在は駅舎がオフィスに転用されている旧シャーロットタウン駅や、アニメ「赤毛のアン」に登場する駅舎のモデルとなった旧エルマイラ駅など計65駅が設けられ、路線の大部分は自然の中を駆けているにもかかわらず駅間距離は平均4キロという短さ。
 鉄道建設によって財政が行き詰まったプリンスエドワード州が白旗を揚げ、カナダに吸収された約2年後の1875年5月25日にプリンスエドワード鉄道の運行が始まった。蒸気機関車(SL)が客車または貨物を引く列車が走り始まったが、曲がりくねった路線で、途中駅も多いだけに定刻より遅れるのは当たり前。
 使い勝手が悪い列車は利用客数の低迷が続き、1950年にSLを全廃してディーゼル機関車への置き換えを完了するなど近代化を進め、69年には旅客営業を終えて貨物鉄道に専念したものの、89年に廃止に追い込まれた。「プリンスエドワード鉄道は始発列車から最終列車まで(建設から廃止まで)首尾一貫して『金食い虫』だったよ」というのは今も島民の語りぐさだ。

△旧ケンジントン駅舎の横の看板には「ケンジントンへようこそ」と日本語の表記も(筆者撮影)zoom
△旧ケンジントン駅舎の横の看板には「ケンジントンへようこそ」と日本語の表記も(筆者撮影)

 ▽アンとマシュー初対面の駅!?
 「赤毛のアン」の主人公で孤児のアン・シャーリーがノバスコシア州の孤児院からプリンスエドワード島に入り、汽車に乗って養父となるマシュー・カスバートが初めて出会うブライトリバー駅。そのモデルになったという説もあるシャーロットタウンの北西にある旧ケンジントン駅を訪れた。
 「説もある」という控えめの表現したのは、アンやマシューが暮らすことになる住居のモデル「グリーン・ゲイブルズ」に近い旧ハンターリバー駅がモデルになったという説も有力だからだ。しかし、モンゴメリは旧ケンジントン駅を利用したことがあるとされており、重厚な石造りの駅舎は世界中で愛読されている小説の舞台にふさわしいように感じられる。
 プリンスエドワード鉄道の跡は線路が取り外され、「コンフェデレーショントレイル」という名称の島内を巡る自転車道に一変した。ただ、旧ケンジントン駅舎の脇にはさびた線路と木の枕木が残り、近くにはかつて使われていたカナディアン・ナショナル鉄道(CN)のディーゼル機関車が展示されている。
 旧ケンジントン駅のプラットホーム跡にたたずんでいると、まるで今でも列車が進入し、客車の扉が開くのではないかと思えるほど旅情に満ちている。しかも、島を覆っている赤土は鉄分が多く含まれている。廃線になっても鉄道が残した足跡が息づくプリンスエドワード島は、今も“鉄分”が豊富な土地だった。
 (「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第3回」に続く)
 (連載コラム(「“鉄分”サプリの旅」)の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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