旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2020年12月12日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

JR九州の「変わった名前の列車」の乗り心地は? 「36ぷらす3」に乗車!

△JR九州の「36ぷらす3」=宮崎市zoom
△JR九州の「36ぷらす3」=宮崎市

 「変わった名前」なのが話題を呼んだ九州7県全てを5日間かけて周遊するJR九州の観光列車「36ぷらす3」が11月19日、本格始動した。10月16日の運行開始時は鹿児島中央から博多(福岡市)までの4日間の行程だったが、7月の豪雨後に一部区間が不通となっていた博多―鹿児島中央間も運転できるようになった。同じく水戸岡鋭治さんがデザインしたJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」に比べて料金が割安で、比較的手が届きやすい「プチぜいたく」な乗り心地を味わってきた。

△「ななつ星in九州」とJR九州の唐池恒二会長=福岡市の博多駅zoom
△「ななつ星in九州」とJR九州の唐池恒二会長=福岡市の博多駅

 ▽「気に食わない」とJR九州会長
 「変わった名前」として話題を呼んだ列車名は、世界で36番目に大きい島なのと、お客さまと地域の皆様、JR九州の3者が1つになり、足して39(サンキュー)、つまり感謝の輪を広げるというシャレを表現した。
 さて、本コラム(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の拙稿「“輝く黒”の新観光列車『36ぷらす3』を激写!」ではJR九州の唐池恒二会長が「列車名が『36ぷらす3』に決まったとの報告を受けた際、聞き返した」との関係者談をご紹介し、記事の締めくくりに「To be continued(つづく)」と記して読者の皆様に続報をお伝えすることをお約束した。
 続報の執筆を視野に入れ、この逸話の真相を探るべく私は10月に唐池会長に直撃した。すると、情報は「車体色をほうふつとさせる“クロ”だった…」というのは冗談で、「大当たり」だったのだ。
 直撃した日は「ななつ星in九州」の運行開始7周年を記念し、博多駅に「ななつ星in九州」と「36ぷらす3」が並んで停車した。唐池会長は社長時代の“ヒット作”となった「ななつ星in九州」が停車中のプラットホームで笑みを浮かべたが、私がつかまえて「36ぷらす3」の話に水を向けると「あれは(青柳俊彦)社長の案件だから」とにべもない。
 食い下がり、列車名の感想を尋ねると「今でもあの名前は気に食わないですね!」といらだちを隠せない様子でまくし立てた。その理由を尋ねると「名前にはもっと夢とか、物語とかを感じさせるものがないといけないが、数字というのは無機質だから、そこから物語が始まらない」との考えを示し、36ぷらす3は名前で「損をしていますよね」と強調。
 追い打ちを掛けるように「完成度は『ななつ星』の百分の一だね」と切り捨て、「36ぷらす3」のほうは一瞥もせずに立ち去った。
 私がこの逸話を福岡支社編集部在籍中に約1年4カ月出演させていただいた福岡県のFMラジオ局、クロスエフエムの番組「Urban Dusk」(平日午後6~8時)で披露したところ、運行企業当事者の首脳の歯に衣着せぬ物言いにナビゲーターの栗田善太郎さんは腰を抜かし、リスナーの方々からも「聴いていてハラハラした」といった驚きの声が相次いで寄せられた。

△「36ぷらす3」の車内で案内放送をする乗務員zoom
△「36ぷらす3」の車内で案内放送をする乗務員

 ▽出ばなをくじかれる
 手荒い洗礼を受けた「36ぷらす3」は、毎週木曜に博多(福岡市)を出発して鹿児島線を南下し、鹿児島中央や別府(大分県)、門司港(北九州市)、長崎などを経由して5日間かけて輪を描くように九州7県全てを巡って博多に戻る行程だ。昼ごろから夕方にかけて走り、プロジェクトを率いたJR九州鉄道事業本部営業部営業課の堀篤史担当課長は「首都圏や関西などの遠方からも訪問しやすいように工夫した」と打ち明ける。
 しかし、初日の博多から鹿児島中央までの区間で途中通る第三セクター、肥薩おれんじ鉄道(熊本、鹿児島両県)の熊本県内の一部区間が7月の豪雨で線路への土砂流出などの被害を受けて一時不通となった。10月16日の運転開始時点では出ばなをくじかれ、当初は毎週金曜に鹿児島中央から博多まで4日間運転する行程に急きょ変えた。
 肥薩おれんじ鉄道が11月1日に全線で再開し、乗員訓練などを経て11月19日の博多出発から5日間のコースとして本格始動した。

△「36ぷらす3」車内の畳敷きの座席zoom
△「36ぷらす3」車内の畳敷きの座席

 ▽料金抑えた秘訣
 列車はメタリックの黒色の塗装が目を引く。デザインした水戸岡鋭治氏は取材で、トヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」の黒を「意識した」と訴えた。これに対し、JR九州は“大人の事情”で特定企業のブランド名を引き合いに出すことを避け、「黒い森をイメージした」と説明している。定員は105人で、全ての客席をグリーン席にした豪華仕様だ。
 JR九州は改造にかかった投資額を公表していないが、私が関係者に当たったところ「10億円まで行っておらず、数億円だ」と打ち明けた。同じく水戸岡氏が手掛けた「ななつ星」のディーゼル機関車と客車の計約30億円かけて新造したのを大きく下回る。投資額を抑えられたのは、博多と長崎を結ぶ特急「かもめ」の一部列車などで使っている先頭が流線形になった特急用電車787系を改造したのが要因だ。
 既存車両を活用することで投資額を引き下げ、料金を抑えたのはJR西日本が9月11日に運転を始めた長距離列車「ウエストエクスプレス銀河」も同じだ。ベースの車両は日本国有鉄道(国鉄)時代の1979年に登場し、京阪神を走る「新快速」で活躍していた通勤電車117系を採用している。
 さらに、「36ぷらす3」は行程全体ではなく1日または一部区間を販売することで料金を抑えた。ななつ星は最安の1泊2日プランでも1人当たり32万1千円に達するが、36ぷらす3は定員の105席全てがグリーン車ながら食事付きプランが1日当たり1人1万2千~3万円程度で販売されている。昼食を付けないで手軽に楽しむのも可能で、最も安い博多―佐賀間を約1時間乗るだけならば大人5270円だ。

△787系で約17年ぶりに復活した「36ぷらす3」のビュッフェzoom
△787系で約17年ぶりに復活した「36ぷらす3」のビュッフェ

 ▽17年ぶりの復活も
 さて、私は3日目の土曜日の行程となる宮崎空港駅から大分県の別府駅まで乗った。6両編成の両方の先頭車はJR九州が「D&S列車」と呼ぶ観光列車で初めての畳敷きの空間とし、靴を脱いでイ草の香りに包まれながらくつろげる。座席は九州新幹線の主に「つばめ」に使っている800系の席をベースにしており、改造前より1列少ない3列なのでゆったりしている。
 窓には福岡県の伝統工芸の大川組子を生かした障子をはめ込み、木を多く採用しているのも特色だ。家族連れやグループが一緒に過ごせるソファとテーブルを置いた個室もあり、JR九州として最大となる6人まで利用できる部屋も3室ある。
 工夫を凝らした車内設備の中でも、「約17年ぶりの復活」と脚光を浴びたのが、食べ物や飲み物などを買えるビュッフェだ。787系は、九州新幹線が2004年3月に新八代(熊本県八代市)―鹿児島中央間で部分開業するまで特急「つばめ」で運用し、ビュッフェを備えていた。提供する料理には福岡市・博多名物の「焼きらーめん」、ビーフカレーなどがあったが、つばめの廃止に伴ってビュッフェは撤去され、跡には普通車の座席を設けていた。
 「36ぷらす3」のビュッフェは、壁や床には「新型コロナウイルスに強い」という触れ込みの銅の板をはめ込んだ輝かしい空間に仕上がっていた。目玉のメニューは車体色にちなんだ「黒いチキンカレー」だ。佐賀県嬉野市の清酒「純米大吟醸 東一」といった九州各県の銘酒、福岡県産のイチゴ「あまおう」を使ったポン菓子などを取り扱うなど九州の物産展のような趣だ。JR九州の堀担当課長は「九州の魅力を詰め込んだので、より深く九州を知ってほしい」と期待を込める。

△「秘境駅」の宗太郎駅のプラットホームでの筆者=大分県佐伯市zoom
△「秘境駅」の宗太郎駅のプラットホームでの筆者=大分県佐伯市

 ▽悲願の「秘境駅」下車!
 行程では日向市(宮崎県)や鶴崎(大分市)といった乗降客数が比較的大きい駅を通過する。一方、山間部の峠にある日本屈指の「秘境駅」の宗太郎(大分県佐伯市)に10分間停車するのがユニークで、停車する列車が少ないため未踏の地だった私もついに下車が叶った。
 「秘境駅」と呼ばれるだけあり、周囲には人家も数軒しかない。大分県によると2015年度の乗車人員はわずか144人、1日当たり0・39人にとどまっている中で、定員が105人の列車から乗客がぞろぞろと出てくるのは異様な光景に違いない。
 プラットホームが3両分しかないため、列車の後ろ3両はホームからはみ出す。私を含めた多くの乗客が物珍しそうに駅周辺を歩き回ったり、跨線橋を渡って対向プラットホームに繰り出したりした。のんびりとした見学者を乗務員らが心配そうに眺め、発車前には「乗り遅れると、今日の列車はありません!」と懇談するように乗車を促していた。
 宮崎空港から別府まで約5時間40分までの行程はあっという間に過ぎた感覚で、「もっと長く乗っていたい」と強く思った。
 九州は主要産業の一つである観光が新型コロナウイルス感染拡大と豪雨で打撃を受け、ホテルや旅館の廃業も相次ぐなど地域経済が大きな打撃を受けている。JR九州の青柳社長が「九州の魅力を発信し、(外出)自粛解除後の起爆剤となってほしい」と意気込む「36ぷらす3」は、九州の観光業を復活できるかどうかの試金石となるのではないか。唐池会長に「気に食わない」と一刀両断された列車名を周知させるとともに、運行を軌道に乗せて定着させ、長い目で見て各地から観光客を広く呼び込むことが求められている。

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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