先日オーストリアのインスブルックへ行ってまいりました。
インスブルックはオーストリアの西の端、チロル州の主都で人口は13万人ほど。
1964年、1976年に冬のオリンピックの会場となったので、記憶されている方もいらっしゃるかもしれません。
ウィンタースポーツが盛んで町のすぐそばに標高2000メートル級のノルトケッテ連峰が聳え、気軽にスキーを楽しめる立地。
スキーをせずとも最新技術車両の列車とロープウェイを乗り継げば30分ほどで山頂まで行け、インスブルックの町並みを一望できるので、町の人たちは気軽に出かけていくとか。また町を流れるイン川は氷河の水を湛えるゆえにエメラルドグリーン、ときにはミルキーブルーの色彩で実にメルヘンチック。
さらにハプスブルク家がウィーンと並ぶ都として建設したため、宮殿やバロックの教会も並ぶ華な雰囲気もある町です。
そんなインスブルックを訪れたのは、クリスマス前の待降節(アドヴェント)の時期。
「待降節(アドヴェント)」はキリストの誕生、神の誕生を待ち望みつつ過ごす、クリスマスイブまでの4週間を指します。
そしてこの時期は町の目抜き通りや広場などでクリスマスマーケットが開かれ、気温2~3度という寒さの中でも、どこかみんなウキウキとこの季節を楽しんでいる感じがいっぱいなのです。
それもそのはず、このアドヴェントが終わると家族が一堂に集まるクリスマスなのですから。
ヨーロッパではクリスマスが日本で言うお正月なんですね。
帰省する家族や、孫の顔を思い浮かべながらクリスマスの飾りを選び、プレゼントを探し、何を食べさせようかとか考えながら、マーケットをそぞろ歩く――町に並ぶクリスマスの屋台を見ながら歩いていると、そんな様子が想像できます。
そして冬場は夏に比べると観光客も格段に少ないし、何よりクリスマスマーケットは地元の人たちが楽しむイベントです。
まさに「町が素顔に返るとき」。
町の人たちの生活がより身近に感じられます。
町中にところどころ作られたステージではボランティアが子供たちに絵本を読み聞かせるイベントがあったり、「メルヘン通り」として童話の登場人物が飾られていたりと、子供たちにいい思い出を与えてあげようという心が伝わってきますし、きっとそうして代々伝統が受け継がれてきたのでしょう。
●マリア・テレジア通りは年明けまで
インスブルックの町中は一番大きな「マリア・テレジア通り」のマーケットをはじめ、旧市街には3カ所、イン川の川向うやちょっと郊外、さらに登山鉄道で10分ほど登ったところにあるハンガーブルクの村を含めると6カ所のマーケットが開かれています。
市は「マリア・テレジア通り」は目抜き通りらしく規模が大きく、どこかモダン。
通りの真ん中あたりにショッピングセンター「Rathaus Galerien Shopping Centre」がありますが、ここも品のいいクリスマスの雑貨が並んでいます。
またこのショッピングセンターの7階にあるカフェ・レストラン「360°cafe winebar lounge」はノルトケッテの山並みを眺めながらの食事が楽しめるのでおすすめです。
インスブルックのシンボルである「黄金の小屋根」前の広場は車も入ってこない旧市街の中心地。
手作りの雑貨の屋台、この時期の名物揚げパン「キアヒル」、グリューワインの屋台が並びます。
賑わいの中でグリューワインを飲みながら町の人たちの姿や、中世のハプスブルク家の当主、マクシミリアン1世が庶民の生活を見るために建てたといわれる黄金の小屋根を眺めていると、ひょっとしたら昔も今も変わらない営みがここでは繰り広げられているのではという、そんな思いに駆られます。
インスブルックの台所たる市場の脇にもマーケットが出ています。
真ん中に立つツリーはクリスタルのメーカー、スワロフスキの提供というのもインスブルックらしい。
夜になるとライトアップされ、上品な風情が漂います。
総じてマーケットに並ぶ品はハンドメイドで質が良く、安っぽさがない上品なものがいっぱい。
背後に聳えるノルトケッテ連峰を見ていると、木の温もりを通して、山と共に暮らしてきた町であることがしみじみと感じられます。
大抵のマーケットは12月23日までなのですが、目抜き通りの「マリア・テレジア通り」だけは年明けの1月6日まで開かれていますので、もし年末年始をオーストリアで過ごす方がいたら、ぜひ立ち寄ってみてください。
●12月5、6日にはオーストリア版なまはげ「クランプス」も登場
オーストリアをはじめ、ことにドイツ語圏ではクリスマスの時期、キリストの生誕を祝う12月24、25日とは別に、12月6日の「聖ニクラウスの日」がとても大切な日となっています。
この聖ニクラウスは奇跡を起こし貧しい人達を救ったという、キリスト教の聖人で子どもたちの守護者でもあります。
この聖人が子供たちの前に現れ、1年いい子にしていた子供にはお菓子を配ってくれる、というのが12月6日なのです。
子どもたちはこの日を楽しみに待っており、6日の日に聖ニクラウス(の扮装をした人)が現れると、わーっと寄っていくわけです。
因みに聖ニクラウスの「貧しい人を救った」という奇跡の伝説と名前が、伝搬していくうちにいつしかサンタクロースとなりました。
しかし。
聖ニクラウスと一緒に現れるのが、鬼の形相をした「クランプス」です。
毛皮をまとったおっかない物の怪で、腰には大きなカウベルをいくつも巻き付け「ガラーン!ガラーン!」と騒々しくけたたましく飛び跳ねながら「悪ぃごはいねぇがぁ~!!」とばかりに子供たちを脅して回るんですね。
インスブルックからバスで40分ほどのところにあるゲッツンス村はこのクランプス祭りで有名なところ。
お祭りは12月5日の夜6時半頃から始まります。
最初は数人で子供や観客を脅していたクランプスが次第に増えていき、最後は60~70人くらいの集団になってけたたましくカウベルを鳴らしながら子供たちを容赦なく(!)脅しにかかります。
その迫力たるや、将来トラウマになるんじゃなかろうかというくらいの怖さ。
自分も今でこそ、必死に写真を撮ろうと躍起になりますが、これを6歳くらいの頃に見たら、間違いなく夢に見て泣き出す自信があります(笑)
クライマックスで一通り脅し終えたクランプスが勝利の踊りの如く一斉に飛び跳ね、カウベルの音が夜の村にガランガランと響き渡る雰囲気は、まるで『禿山の一夜』の一コマのような余韻すら感じさせてくれます。
ゲッツンス村の迫力あるクランプスとは違い、インスブルックの広場に現れるクランプスは怖い顔ながらも和やかに記念撮影をしてくれる人気者。
季節の縁起物という感じです(笑)
クリスマスマーケットを含めた旅行を計画されるなら、ぜひこの「聖ニクラウスの日」も併せて計画されてみてはいかがでしょう。
白い山々が見守っているようなインスブルックの町に響くクランプスのカウベルの音は、いよいよ本格化する冬の訪れと、家族一同が顔を合わせるクリスマスの到来を告げる響きです。