旅の扉

  • 【連載コラム】空旅のススメ
  • 2015年8月29日更新
あびあんうぃんぐ
航空ライター:Koji Kitajima

ハリウッドスター御用達!全席ファーストクラスのエアラインがあった!

これが機内だとは思えない風景 空の上の星付きレストランですzoom
これが機内だとは思えない風景 空の上の星付きレストランです

アメリカ映画配給会社が作った何とも豪華なオールファーストクラス・エアラインのあったことをご存知でしょうか。今は無きMGMグランドエアの優雅でレトロなフライトに搭乗した事があります。

アメリカで1970年代後半に始まったデレギュレーションと言われた規制緩和で誕生した数多くのエアラインは安売りを前面に出していました。

逆に高級路線を行く航空会社があってもいいじゃないかとの戦略が出てきました。デレギュレーション開始からおよそ10年が経った1987年に誕生したのがMGMグランドエアです。

MGMは、20世紀初頭にできた映画スタジオと配給を行う会社です。主に俳優をブロードウェイのあるニューヨークとハリウッドのあるロサンゼルス間を一日二便の運航で運ぼうとのことで、他の路線はありませんでした。

ジャンボジェットで500人を運ぶ時代が始まっていたにも関わらず、同社はボーイング727-100型を使っていました。
先に同型機を運航するJALでは133人乗りで運用していたものを、33人乗りに改造したというのです。何と4分の一のお客さんしか搭乗できないじゃないですか。

このフライトに乗ってみたい気持ちがつのっていたところ、運よく取材の話が舞い込んで来ました。
ニューヨークJFK空港を午前に発つMG300便です。
同社の最盛期である1989年のことです。胸躍らせてニューヨークへ向かいました。

10:30出発のフライト目指してJFK空港のMGM専用ターミナルへは、タクシーで乗り付けます。白い手袋の職員がタクシーのドアを開けてくれて、すぐに建物内部へ案内されます。ゆったりとした低い位置のカウンターではソファに座ってチェックインします。手続きが済み、専用の保安検査場を抜け、奥のラウンジに案内されました。数名の先客が、静かに新聞を読んでいるのが見えます。
乗客は待つとか並ぶといった事とは無縁で、出発までの時間を自由に過ごしています。

ラウンジの先の駐機場には、濃紺にゴールドの尾翼のボーイング727がおごそかにという雰囲気で搭乗客を待っています。MGMのロゴであるレオ・ザ・ライオンがゴールドカラーでデザインされており、特別な何かが待っている雰囲気を漂わせていました。

搭乗開始は、出発の15分前です。何も搭乗を急がせなくても旅客数が少ないですから。誰も急ぐ気配が無いのは、余裕の証ですね。
33人乗りであれば、満席でもこの場所で混み合う事はありません。

いかにゆったりとした機内かおわかり頂けるでしょうかzoom
いかにゆったりとした機内かおわかり頂けるでしょうか

搭乗口には、乗務員がハイヒールを履いて、黒いスーツ姿で凛々しく直立不動で立っています。白い手袋が伸びてきて、ボーディングパスを受け取ると、すぐさま他の乗務員がやって来てシートへ案内してくれます。案内と言っても、指定されたシートは前から二番目の左側2Aですので、数歩です。上質なベルベットの肌触りのシートがあり、窓には同系色のカーテンが備わっています。
客室乗務員は5人乗務しています。旅客約6人に一人の割合がどれだけすごいかその後わかっていきます。
座席に落ち着くと、まず最初に搭乗のお礼があり、その場で安全のしおりを手に持った乗務員が口頭で非常口の説明をしてくれました。

その後、乗務員から一人一人の乗客にインフライト・サービス・ガイドが手渡され、到着までのスケジュールが説明されます。

静かで落ち着いた雰囲気の機内を見ると、機体前部のコンパートメントは1-1配列のソファータイプシートが左舷5列、右舷4列が並びます。二つ目のコンパートメントは、右舷がギャレーの開放的なシートがこれも1席配列で4列配置されています。ギャレーの奥には搭乗客はアサインされないラウンジにもなる座席が二人分配置されているのも目新しい感じです。乗務員はラブソファーと呼んでいました。
機体後部で3つ目のコンパートメントは、個室の造りになっています。
二人席が2つの後に四人席が4つあるようです。密室ではありませんが、模様の入ったガラスとカーテンで仕切られていますので、半個室感覚です。

機内に入るとまず目に入る光景に圧倒されましたzoom
機内に入るとまず目に入る光景に圧倒されました

装備では、トイレが気になります。今までに見た事の無い光景でした。室内の蛇口はゴールドメッキで蓋は木製の重厚感溢れる造りでした。ミラーの部分が大きく、女性には好評なのではないかと思いました。

機体前方の壁面には、ソニー製テレビが埋め込まれており、ビデオニュースを放映しています。今のように機内エンターテインメントが無い時代ですので、ブラウン管テレビに映し出された映像が時代を反映しています。

ニューヨークまではジャンボジェットで来ましたので、機窓を比べると視点が低く、地上滑走も早く感じます。

離陸は10時32分。その後かなり早い段階で、シートベルトサインが消えます。サービスに時間を掛けるに、安全に問題無ければ早めの消灯を奨励しているのでしょうか。期待感が昂まります。

離陸後の機内食サービスの開始時には、スーツ姿の乗務員は、サーバントスタイルに変ります。ウェルカムの時だけハイヒールかと思った足元はそのままだったのが印象的です。

機内食サービスは、一品一品を乗客の好みで取り分けますzoom
機内食サービスは、一品一品を乗客の好みで取り分けます

フルコース機内食のサーブは、前の席に座る紳士とご一緒でお願いしますと案内がありました。テーブルの構造上、前の座席の方が椅子を180度回転させて後ろを向き、二人一組で食事をします。
私との間に大きなテーブルとクロスがサーブされたダイニングが出現です。
モエ・エ・シャンドンの食前酒が振舞われた後に、前菜・キャロットのビシソワ―ズ・パンと個別にサーブされます。

メインは、ロブスター、チキン、ターキーの中からチョイスします。
食事はセットされたディッシュが運ばれるのではなく、一人一人の皿に取り分けて行く正式なサービスでした。

相席の方と話しをしてみると、化学品会社で社長をしているアメリカの方でした。出張の時はいつもMGMを選んで乗るとのこと。横に座るご夫婦は、ご主人が定年を迎えた富裕層の年金生活者で、ロサンゼルスではハリウッドで観劇したりとゆっくりするのが楽しみと仰っていました。

食後には、チーズ、フルーツ、デザートとコーヒーが続き、食事だけで優に二時間半は越えていました。

ギャレーの様子も機内であることを忘れさせますzoom
ギャレーの様子も機内であることを忘れさせます

その後、機内でゆったりしていると、前方のテレビ画面に録画の映画が放映されます。まわりにいる乗客は、思い思いに自分の時間を過ごしています。機内で配られるトランプに興じる者もいれば、レターセットに気持ちをつづる者など。

自席でゆったり寛いでいると、声が掛かります。「焼きたてのクッキーはいかがですか」と。機体中央部のギャレーにはオーブンが備わっており、ティータイムにと用意をしてくれたのです。
機内で熱々のクッキーが食べられるなんてと、大感激したことを覚えています。

フライトはアメリカ大陸横断で比較的長い6時間ですが、サービスが良かった為か非常に短く感じられました。

コクピット3名、客室5名の乗務員オールキャスト お疲れ様ですzoom
コクピット3名、客室5名の乗務員オールキャスト お疲れ様です

西行きで時間が戻り、まだ午後になったばかりのカリフォルニアの地に到着です。
ロスアンゼルスでは、一般の旅客ターミナルビルとは離れた場所に、単独の施設を持ちます。空港南のインペリアルハイウェイ側で多くのエアラインは貨物上屋として利用しているエリアに独自の施設を持っていたのです。
現在この場所は、フライトパス・ラーニングセンターという航空ミュージアムになっており、若者世代へ将来の仕事として航空業界を紹介しています。

今でも当時の様子を伝える手荷物受託設備やラウンジのなごりのあるのがいいですね。

旅客の降機後はコックピットの女性航空機関士を含めた乗務員全員に集まって貰って記念撮影をし、フライトは終了しました。この機体の横に並ぶ乗員8名の写真は今でも宝物です。

当初は、2機でスタートした機材は、1990年にはDC-8-62を加え、更にボーイング757を一機導入したものの、1995年にチャンピオンエアに経営権が移されました。結局、それも2008年には運航停止に追い込まれ、静かに消えて行きました。

航空ライター:Koji Kitajima
大阪府出身。幼少期より空への憧憬の念を持ったまま大人になった、今や中年の航空少年。
本業のかたわら情報を発信しています。週末は航空ライター兼ブロガーとして活動中。
旅のモットーは、「航空旅行を楽しまないと旅の魅力は半減です。旅の楽しみは空港から始まる」です。

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