トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2014年8月30日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

またもや旅の芸術家

ジェイソン・アトミックと作品zoom
ジェイソン・アトミックと作品
僕は全く絵心というものがない人間なのですが、何故か絵描きの友達がたくさんいます。今日もまたその中のひとりを紹介しますね。ジェイソン・アトミック。イギリス人アーティスト。

かれこれ四半世紀も前のこと。僕はロンドンで仲間たちと一緒にスコート(空き家を占領して住む)してた時期があります。アーティストが多く出入りしていて、いつも絵の具のにおいのする家でね、ジェイソンもそこの住人でした。彼もそうだけど、静かな言葉で話す者たちの集まりで、とても居心地のよい住み処だったのをおぼえています。ミュージシャン連中は酔って騒ぐだけのうるさい輩が多いんだ。

その家にはそれはもうたくさんの思い出がありますけど、ヨーロッパの生活を引き上げて東京に帰ってきてから仲間たちとは音信不通になってしまいました。そもそも住所も電話もない人間の集まりだったわけですし、今みたいにメルアドとかある時代じゃないですからね。連絡の取りようがありません。ジェイソンともそれっきりです。

それからずっと後のある日、通勤客でごった返す朝8時のJR目黒駅で、僕とジェイソンは偶然の再会を果たします。僕はこの「偶然の出会い」に近しいところがあって、意外なシチュエーションで意外な人と出会うことはさほど珍しいことではないのですけど、この時ばかりはびっくりしました。ロンドンにいるはずの友達が目黒駅にいるんだもの。何でもロンドンで日本人の女性と出会って結婚したんだそうな。奥さんと一緒に来日して彼女を関西の実家において自分は東京に出てきたんだと。

結局その再会をきっかけにジェイソンはしばらく僕のアパートに居候することになりました。狭いスペースに小さい子供と生まれたばかりの赤ん坊からラブラドールレトリバーまでいて、とても他人を受け入れるような余裕はなかったけど、住むとこないってんだからしょうがない。もし逆のパターンだったらジェイソンは快く僕を受け入れてくれたことでしょう。僕と偶然出会わなかったらどうしたんでしょうね。でもきっとそんならそれで、誰か別の誰かとうまく出会ったことでしょう。そう思います。
筆者が住んでいた頃のロンドンzoom
筆者が住んでいた頃のロンドン
思えば5年に及ぶ僕の海外生活のうちの4年半は住居がありませんでした。ベースギターとスーツケースを両手に友達の家から家へと渡り歩く毎日。今にして思えば立派なホームレスです。ポジティブに表現すれば「居候」のプロとでも言えばよいでしょうか。実際、屋根のないところで夜を過ごしたことは一度もありません。あ、もちろん、泊めてもらうためにお金を払ったことだってありません。だから僕は、最近の若い人たちがアパートを借りる金もなくてネットカフェなどで寝泊まりしている。というような話を聞くたびに、何だか残念な気分になってしまいます。

これは旅行のコラムですからね。社会問題について深く言及するつもりはありません。でも、人生というのは長い長い旅のようなものです。「どのような旅をするか。」という問いは「どのように生きるか。」と同意ではないでしょうか。ジェイソンも僕も社会的にはあまり成功した人間とは言えませんが、世界中どこに行っても、おそらく泊まる場所に困るということはありません。それはそれでまあまあの能力だと僕は思っています。
ジェイソン・アトミックのスケッチzoom
ジェイソン・アトミックのスケッチ
さて、しばらく日本で活動していたジェイソンですが、ある時「ダブルデッカーを描く。」と言い残して突然イギリスに帰ってしまいます。(ダブルデッカーはロンドンを走る二階建てバスの名称)アーティストっていうのは本当に理解不能なところがあります。残念ながら日本人の奥さんとはどこかのタイミングで離婚してしまったようです。素敵な人だったのに。

ジェイソンはいつ何時もかばんにスケッチブックを入れていて、時間があるとブックを広げ景色や人をすらすらと描きはじめます。最近、それらのスケッチを元に作られた作品がブックレットになって発売されたそうで、中には僕のアパートに居候していた頃に描いた絵も入ってるみたい。1枚のスケッチが作品として完成するまでの長い時間とストーリーの中にほんの少しだけど自分も存在しているのだと思うと何だかとても嬉しい気分になってしまいます。

異国の地からやってきた見知らぬ若者を心優しく受け入れてくれた何百人もの人たちのことを思い出しながら、ふと、旅に必要なものは「リズム感」なのではないかと思いました。「今晩泊めてよ。」このセリフをいい感じのリズムで言える人なら、まあまあいい感じの旅を、そしてまあまあいい感じの人生を謳歌することができるんじゃないかな。
ジェイソン・アトミックのアートワークzoom
ジェイソン・アトミックのアートワーク
そうそう。居候のプロから助言。人様の家に泊めてもらうわけですから、暗黙の決まりごとはたくさんあります。中でも最も重要なのは「引き際」。どんなに仲のよい友人でも同じ場所でずっといっしょにいると相手をうざいと思う瞬間があります。それを感知したら、すぐにその場を去ること。もし引き止められても居座ってはいけません。急にどうしたの?と聞かれたら、そうね、「東京タワーを見に行く」とでも言っておけばいいんじゃないかしら。
ジェイソン・アトミックのホームページ▶http://jasonatomic.co.uk/
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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